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【ショートショート】台風を密輸した男

 

 「……台風9号は西日本に上陸し、勢力を維持したまま、土曜日の午後、関東地方に最接近する見通しだとして、警戒を呼び掛けています。気象庁によりますと……」

 

 

 人間たちの情報網、技術力というものは大したものだ、と男は感心したふうにため息をつき、車を急がせる。

 

 男の勤める交番に通報が入ったのは今朝の六時を過ぎた頃だった。宿直明けのはっきりとしない頭を叩き起こすように電話のベルが鳴った。慌てた男は、必要以上にかしこまった口調で電話に出る。

 

 「こ、こちら天界警察東日本派出所、ツルオカであります!火事ですか!救急ですか!」

 

 「あ、あのっ!うちのエミリーが居なくなっていて……探してください!お願いします!」

 

 電話口の声が彼以上に慌てていたため、ツルオカはかえって落ち着きを取り戻すことができた。机の上にメモ帳を開き、受話器を握りしめた。


 「落ち着いてください。そのエミリーさんの特徴を教えていただけますか?背格好は?服装は?」


 「え、えっと……半径が500kmくらいで……目のところに水色の首輪をつけていて……。」

 

 ツルオカは目を見開いた。そして頭の中の言葉を整理したのち、厄介な仕事ができてしまったな、と息を吐いた。一呼吸置いて、電話口の向こうの女性が言わんとしていることを読み取った。

 

 「……台風、ですか。」


 「あっ!そ、そうです!言い忘れていましたね……。」


 「わかりました。至急捜査隊を派遣しますので、連絡先をお尋ねしてもよろしいでしょうか。……はい、はい。キリシマさんですね。わかりました。何かありましたらご連絡を。では。」


 ツルオカは受話器を置き、警察署に連絡を入れた。丁度交代の時間になり、当直の同僚が来た。事情を大まかに説明して、ツルオカは足早に署へ向かった。

 

 八百万の神が暮らす天界は空前のペットブームであった。

 

 始めのころはユニコーンケルベロスなど、各々が自分の好きなように生き物を作り出していた。やがて「自分の思い通りにならないのがかわいい」という考えが流行りだし、自然に生きるものを捕獲して手なずけようとする神が増えていった。

 

 そんな神々が今注目するのが、台風だった。

 

 海上に大量発生した台風を駆除するという名目で始まった台風漁だったが、それを買い取りペットとして販売するビジネスが生まれた。エサとなる湿った海水と熱い空気には困らないが、非常に巨大で暴れやすいという台風の手のかかる性質に、本来のペットの「かわいげ」を見出す神が増えてきているそうだ。

 

 しかし同時に、逃げてしまった台風を捕まえるという骨の折れる仕事が天界警察に運び込まれるようになった。室内飼いの台風は外に出さないように、と警察の方でも声がけがされているが、どうしても外に出たがるらしい。

 

 

 ツルオカが現場に着くと、台風の進路を塞ぐためのバリケードが雑然と並んでいるのに気づく。逃げられてしまったのか、とツルオカは思ったが、バリケードの傍で網に絡めとられてもがいている台風の姿を見つけた。水色の首輪だ、間違いない。

 

 台風を無事見つけることができた、とキリシマさんに連絡を入れようとしたとき、この台風の姿に妙な違和感を覚えた。首輪をしていてよくわからなかったが、この台風の目は首輪によく似た水色だった。

 

 この地域に発生する台風はみな黒い目をしている。程度の差はあれど、ここまで鮮やかな色になることはない。

 

 ツルオカは考えを巡らせたが、やがて大きく息を吐き、携帯電話を手に取った。

 

 「……もしもし。こちら天界警察東日本派出所のツルオカです。キリシマさんのお電話でよろしいでしょうか。」


 「あっ、はい!キリシマです。あの、エミリーは……。」


 「大丈夫です、キリシマさん。只今、無事に捕獲しました。目立った外傷もありません。」


 電話口の向こうで大きく安堵する声が聞こえる。


 「ありがとうございます!ありがとうございます……。本当に良かった……。」


 「ええ、良かったです。それでですね、キリシマさん。エミリーちゃんについてお尋ねしたいことがあるのですが……。」


 「はい、なんでしょう?」


 すっかり安心したキリシマさんは明るい声で答えた。


 「エミリーちゃんの目、綺麗な水色ですね。この子はどこのペットショップで購入しましたか?」


 「はい、とても綺麗でしょう。この色があまりにも素敵だから、近い色の首輪を買ってつけていたんです。お店も覚えていますよ。ペットショップ・スモグリっていう名前でした。」


 ペットショップ・スモグリ。昨年オープンしたばかりにもかかわらず、販売エリアをどんどん拡大している売り上げの凄まじい巨大ペットショップチェーンだ。ペットブームとはいえここまで利益を伸ばしているのはあの店くらいだ。


 「……わかりました。ご協力、感謝いたします。それでは、署の方までエミリーちゃんを迎えに来ていただけますか?こちらも一時間ほどすれば署に戻りますので。」

 

 ツルオカは電話を切り、その場にいた同僚に台風の護送を頼むと、ペットショップ・スモグリの方向へ車を走らせた。
 

 

 日本の九州地方上空、ペットショップ・スモグリはあたりを淡く照らすネオンの看板を掲げていた。ガラス張りのショーケースの中には大小さまざまな大きさの台風が並べられていた。


 ツルオカは店内に入り、レジの奥で眠たそうにテレビを見ている男性を見つけた。


 「こんにちは。ペットショップ・スモグリの店主さんでいらっしゃいますね?」


 男はこちらの姿を見ると、にやにやと笑いながら答えた。


 「いらっしゃい。私が店主ですが、あんたもしかして警察の人?」


 ツルオカは警察手帳の代わりに逮捕令状を突きつけた。


 「天界警察東日本派出所のツルオカです。スモグリさん、あなたを野生台風取締法違反の疑いで逮捕します。」


 「…………」


 男はにやにやした顔を隠すこともせず、こちらを睨みつけていた。


 「先日、こちらのペットショップで水色の目をした台風が販売されています。密輸されたものと断定します。署までご同行お願いします。」


 「おっ、あの台風はちゃんと捕獲されたようだな。やっぱり人間のテレビは見ておくもんだな!」


 男が声を張り上げると同時に、店内に強力な風が吹いた。とても目を開けていられない強風にツルオカが立ちふさがれていると、店舗の奥の壁が音を立てて崩れていった。その奥に、先に捕獲した台風の二回りは大きいであろう巨大な台風があった。


 「ニュースをみてヤバいなと思ったもんでね、逃げる準備をさせてもらったよ。まさかこんな早く来るとは思わなかったけどな!」


 そう言って男は売上金の詰まったボストンバッグを片手に台風に乗り込むと、台風を走らせて逃げてしまった。


 風がおさまり、倒れた棚が散乱する店内からなんとか抜け出したツルオカは、パトカーから無線をつなげる。


 「こちら九州南部ペットショップ・スモグリ西日本店より、犯人が逃走。巨大台風に乗って関東地方へ向かっています。至急警備網の設置を。繰り返します。……」

 

 

 「九州南部より突如発生した巨大台風10号は勢力を落とすことなく関東地方へ向かってきています!非常に危険ですので自治体の指示に従って避難してください!」


 カーラジオでは巨大台風のニュースが流れている。ツルオカはパトカーで巨大台風を追う。しかしこのパトカーでは到底追いつくことはできなかった。視界に台風の形を収められる距離まで近づくので精いっぱいだった。

 

 上空から見下ろした人間界では、台風のあまりの大きさに慌てふためく人間の姿が見えた。自分の勇み足によって起きてしまった被害に、ツルオカは胸を痛めていた。するとパトカーの無線が鳴る。


 「こちら関東地区!ダメです!あのサイズを捕縛できるバリケードを作る時間がありません!東海道、封鎖できません!」


 「くそっ!」


 ツルオカは焦りを募らせる。ここで逃がしてしまったら密輸組織を潰すことはおろか、日本は壊滅してしまう。なんとしてでも食い止めなくては……!


 すると突然、上空……ツルオカを載せたパトカーが走る日本上空よりさらに上から、巨大な網が現れた。サイズは大きいが、あれは……タモだ。


 タモは逃走する巨大台風を捕えると、上空へと引き上げていった。そして高い空から感嘆の声が上がる。

 


 「あーっと、これは大きい!サイズは1000kmオーバー!ということで……、第三回台風釣り大会、優勝はアマテラスさん!おめでとうございまーす!」