わうがDTMに疲れたら書く日記

あるいは自分用の音楽メモ

結局のところ、完コピは大事

久しぶりの音楽記事だ!

 どんな感じで書いてたか全く覚えてないのですが、手探りで書いていこうと思います。今回のテーマは完コピと自己流アレンジ(非完コピ)です。

 結論を先に言うと、完コピを避けてたら上手くなれないよ!ということです。結構長くなってしまったので目次をつけておきます。目次の見出しだけ読んでも内容は伝わると思います。

 

 

完コピと自己流アレンジ

 楽曲に合わせて楽器を弾くこと、またそれが出来るように練習することを「コピーする」と言います。そして楽曲のフレーズや音色をできる限り再現しようとすることを「完コピ」と言います。また今回は、完コピではないが演奏が楽曲に合っている状態

を「自己流アレンジ」と表記します。これの言い方は各々あるかと思いますが、今回はこの表記で行きます。

 

完コピ = インプット

 さて、完コピという行動についてですが。

 

 楽曲中に出てくるフレーズや音作りというのは当然ながら全て作曲者やアレンジャー、演奏者によって考えられたものです。つまりはその方々の音楽的知識感性の一部(あるいは全部)がそのフレーズに表されているということです。

 こういった要素を完コピするということは、その作曲者の知識・感性を分けてもらうことになるのです。これが実はミソで、単純に「楽曲を覚える」だけでなく、フレーズ単位で考えることによって自分の音楽的感性を養うことができます。いわゆる「引き出しを増やす」ってやつですね。

 「こういう雰囲気の楽曲にはこんなフレーズがしっくりくる」とか「ルートがこの音だったらこのフレーズを当てはめることができる」とか、そういうことが身につきます。

 

自己流アレンジ = アウトプット

 対して自己流アレンジですが、楽曲の雰囲気を壊さないように演奏することとなります(雰囲気をガラッと変えるためにはバンド全体で話し合う必要があるので)。具体的には、「コード進行は変えずにベースラインを変える」とか「展開は変えずにドラムのビートの刻み方を変える」とかがこれにあたるかと思います。

 アレンジって聞くとなんだか難しい印象を与えますが、実は完コピした上でフレーズをほんの少し変えるだけでもアレンジとみなせるから難しいことじゃないんですよ。そのちょっとの変化をいろいろ工夫したりするのが自己流アレンジだと思っています。

 

 そのアレンジの工夫も、完コピというインプットがあることで幅が一気に広がります。別の曲のフレーズを入れてみたりなんていう一見大胆なアレンジも、ほんのわずかな部分で行えば自然だし斬新という旨味がありますね。

 そういった意味で、完コピすることやいろいろな楽曲で得られたインプットを演奏を通して表現することはまさにアウトプットだし、自己流アレンジもその一つだということになります。

 

自己流アレンジって、慣れたら一番楽なんです

 だってその曲の楽器のフレーズを全部覚えなくても、雰囲気とコード進行さえ覚えてしまえば弾けてしまうから。バンドで合わせる上でも何も不自然じゃない。引き出しが多かったら完コピしなくても鮮やかな演奏をすることができますからね。

 でも上記のとおり自己流アレンジはアウトプットの行為なので、インプットが不足すると徐々にアレンジの幅もなくなってきます。

 面白いことに、知識や感性もアウトプットし続けるとやがて枯渇してしまいます。豊富なインプットがあることがアレンジを可能にすると同時に、そのインプットも継続的に行なっていくことでアウトプットの質を保ち続けることができます。

 

この2つはそもそもの「目的」が違う

 どちらも最終的には「演奏すること」がゴールではあるんですが。完コピはその過程で元楽曲のフレーズに触れることで自分の引き出しを増やす「インプット」が目的であるのに対し、自己流アレンジは自分の引き出し・知識をフル稼働して楽曲という枠を借りて表現する「アウトプット」が目的となります。

 だからどちらが正しいとか、そういうことじゃないということはわかりますね。だけどインプットとアウトプットの関係で見ると、アウトプットするためにはインプットが必要不可欠。逆はそうでもなく、インプットだけ増えても腐ることはないんです。

 

 な?インプット増やそうぜ?

 

完コピの他の効能

 運指の練習になる

 自己流アレンジだと、どうしても手癖とかのせいで自分が動きやすい運指になってしますことが多々あります。それだとどうしても動きがマンネリになりやすいので、完コピすることで新しい手の動きを手に覚えさせることができます。

 楽曲の理解を深める

 1曲を完コピするのって、結構疲れるんです。時間もかかるしね。だけどそのおかげで楽曲のことをより深く知ることができるし、なにより何回も聞くことで体に染み付きます。細部まで覚えている曲って自然に演奏することができますよ。

 自信がつく

 ともすれば複雑なフレーズなどを覚えなくても成立する自己流アレンジに慣れてしまうと、どんな曲でもそれなりの完成度で終わらせることが出来てしまいます。人によっては完コピからの逃げとして自己流アレンジをする人もいますからね(俺とか)、そんな人にこそ、たまにでいいから完コピする習慣をつけてもらいたい。胸を張って「その曲弾けるぜ!」と言うことができます。

 

完コピ、しよう。自己流アレンジしてもしなくても。

 自己流アレンジ出来ない人は勿論完コピから入ると思います。その過程で「ここ難しいから少し簡単にするか」とか「1番と2番で違うフレーズ覚えるの大変だからまず片方だけ覚えるか」とか、それもアレンジの1つ。そこから「このフレーズ少し変えてかっこよくなった!」となることでアレンジの幅を広げることができるし、インプットがあればその幅はグッと広がります。またアレンジせずに難しいフレーズをちゃんと弾けるようになることも自分の技術を高めることにつながるのでとてもよい。

 

 一番ダメなのは、「とりあえず全体練習まで時間もないからざっくりと形だけ覚えていくか」という「雰囲気コピー」が恒常化してしまうことです。

 

 雰囲気コピーは自己流アレンジの一種であり、曲を覚えてしまえば一番早く弾けるようになる方法です。勿論簡単なセッションの時や練習始めはこれでもいいんですが、ライブとかでしっかり演奏するときにこれじゃちょっとダメなんですよね…何がダメって、「とりあえずやり過ごそうとする精神」をライブに持ち込むことです。(たとえサークルライブの身内でも)お客さんがいるのにそんなプレイしたって互いになんのメリットもない!少し強い口調になりましたが、これは完コピを避けて自己流アレンジと言い張りながら雰囲気コピーに逃げてきた俺の自戒です。

 

 これから毎日、完コピしようぜ?